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明石家さんまの実話生い立ちドラマで明かされた壮絶人生とは?! 義理の弟さんとの約束って?

      2016/03/16


明石家さんま

2015年11月22日に放送された番組で、これまで自身の過去をほとんど明かしてこなかった

明石家さんまさんの壮絶人生が生い立ちドラマで明かされ話題になっています。

さんまさんはこれまでどのような人生を歩んできたのでしょうか。

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プロフィール

名前:明石家 さんま(あかしや さんま)

本名:杉本 高文(すぎもと たかふみ)

生年月日:1955年7月1日(現在60歳)

出身:和歌山県東牟婁郡古座町(現・東牟婁郡串本町)

血液型:B型

身長:172cm

所属:吉本興業

1970年代後半から現在も活躍を続けている国民的お笑いスター。

ビートたけし、タモリと共にお笑いBIG3の一人として称されている。

 

 


 

さんまさんの壮絶人生とは?

1970年代後半からテレビで活躍し、今ではタモリさん・ビートたけしさんと共にお笑いBIG3と称されているさんまさん。

そんなさんまさんにはいつもお茶の間を笑わせている姿からは想像がつかないような壮絶な過去がありました。

 

さんまさんは父・母・兄の4人家族でしたが、3歳の頃に母が他界。

その後、中学生になる前に父親が再婚し、父・義母・兄・義弟の5人家族になりました。

 

ところが、義母とはなかなか関係が上手くいかず、お酒を飲むと

「自分の子供はこの子(義弟)だけや」という義母の言葉を壁越しに耳にしては兄と共に涙を流したこともあったそうです。

 

それでもさんまさんはめげず、面白いことを言って笑わせようとしたりして

義母と馴染めるように幼いながらに努力していました。

それが、さんまさんの原点となったのかもしれません。

 

それから年月が経ち、さんまさんは高校を卒業してすぐに笑福亭松之助に弟子入り。

笑福亭さんまとして修業に勤しんでいました。

 

そんな時、小学生からの同級生で高校生の頃には誰もが振り返るような美貌の持ち主だった

幼馴染のあかねさんに大阪で再会します。

 

それからさんまさんとあかねさんは毎日会うようになり、自然と交際に発展。

結婚も考えるほど真剣な交際をしていました。

 

しかし、あかねさんの両親は芸人であるさんまさんとの交際をあまり良く思っておらず

あかねさんの事を考え、芸人を辞めて上京することを決意。

 

そしてあかねさんより一足先に上京したさんまさんは諦めたくないという思いでお笑いの仕事をしたが、

東京では師匠につかないと舞台に立てないルールだった為、仕事が全くなく現金はすぐに底をついてしまった。

 

そんなさんまの心の拠り所はあかねさんの存在だった。

だが、別れは突然やってきた。

 

ある朝、目覚めるとあかねがおらずテーブルの上には

「私がいるとあなたはダメになってしまう」

と書かれた手紙が置かれていたという。

 

その手紙がさんまさんの背中を押し、さんまさんは大阪の師匠の元に戻り

笑福亭さんまから明石家さんまに改め、芸人復帰した。

 

芸人として活躍し、多忙な日々を送っていたさんまさんにさらなる悲劇が起きます。

 

義母とは距離を縮めることができず、苦しい思いをしましたが、

さんまさんがテレビで引っ張りだこになってからも自宅マンションに招いて仲良く過ごしていたという義弟が

火事で亡くなってしまったのです。

 

義弟さんはまだ高校3年生でした。

いつも明るいさんまさんですが、こんなにも大変な過去があったんですね。

 

 


 

義理の弟さんとの約束って?

高校3年生という若さでこの世を去ってしまった義弟さん。

義弟さんが亡くなる前、さんまさんはある約束をしていたといいます。

 

さんまさんと義弟さんが仲良くなったのは、お互いにサッカーが好きだったことがきっかけだったそうです。

そして、さんまさんとさんまさんの自宅マンションで共に過ごしていたとき

二人は「ワールドカップを一緒に見に行こう!」と約束をしていたそうです。

 

ですが、義弟さんは火事により亡くなってしまい、その約束が果たされませんでした。